2021-02-01から1ヶ月間の記事一覧

火とぼし山

[童話]火とぼし山 第七章 新しい出発 19 「そうじゃ。きよは、自分の名前も、大好きだった次郎 のことも、何もおぼえていない。記憶がなくなってしま ったきよを、ここへおいておくわけにもいくまい。きよが 生きていることを知ったら、次郎が何をするかわ…

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[童話]火とぼし山 第七章 新しい出発 18 きよの両親も、記憶のない娘と暮らすのはつらいだ ろう。 いろいろ考えた末、明神さまは、静岡の知り合いに きよを預けようと思いました。 その夜。 「手長、足長。明神じゃ。用事があるので、すぐきて ほしい」 「…

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[童話]火とぼし山 第七章 新しい出発 17 「そうじゃ。大きなうずにまきこまれ、おぼれてしまっ たのじゃ。手長と足長が、うずの中からおまえを助 けてくれた。おまえは、このやしきで、三日間眠り続 けたのじゃ」 「私は、うずにまきこまれたことも、助け…

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[童話]火とぼし山 第七章 新しい出発 16 「私の名前は、きよというのですか」 「そうじゃ」 きよは、自分の名前がわからないようでした。 「ここは、どこ」 「わしのやしきじゃ。わしは、諏訪の神・明神じゃ」 「明神さまのやしき? 私は、なぜここにいる…

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[童話]火とぼし山 第七章 新しい出発 15 きよ。次郎のことは忘れるのじゃ。 心がはなれてしまった人に、いくら心をよせてみても どうなるものではない。 次郎のことは、忘れてしまいなさい。 そして、一日も早く、きよにふさわしいすてきな人を みつけてほ…

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[童話]火とぼし山 第七章 新しい出発 14 きよは、意識がもどらないまま、眠り続けました。 きよ。おまえは、次郎ひとすじじゃったのぅ。 結婚する前のおなごが、たった一人の男性を、十数 年も思い続けるなんてすごい。 普通のおなごは、「あの人が好き」…

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[童話]火とぼし山 第七章 新しい出発 13 「明神さま。きよは、だいじょうぶでしょうか」 手長が心配して聞きました。 「だいじょうぶじゃ。三日もすれば、意識がもどるだ ろう」 「意識がもどれば、おぼれた時のことを思い出すの でしょうか」 「さあ、そ…

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[童話]火とぼし山 第七章 新しい出発 12 「私が、じゃま?」 「そうじゃ」 「私が、じゃまだなんて」 「次郎は、大きな農家の一人娘とつきあっていただ ろ。主人から、姪と結婚してほしいといわれ、どうした らよいのかわからなくなってしまったのだろう。…

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[童話]火とぼし山 第七章 新しい出発 11 「何、火が南にともっていたと。きよ、それは、ほん とか」 「はい。火が、いつもより南にともっていました。泳 ぐ方向を変えようと思ったとたん、うずにまきこまれ てしまいました」 「そうか。やっぱりそうだった…

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[童話]火とぼし山 第七章 新しい出発 10 「手長、足長。ご苦労さま。きよを助けてくれてあり がとう」 明神さまは、二人に何度も礼をいいました。 「さあ、そこへきよをねかせておくれ」 「はい」 手長と足長は、ふとんの上にきよをねかせました。 「きよ…

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[童話]火とぼし山 第七章 新しい出発 9 きよでした。 きよは、水を飲んでいるのか、ぐったりしています。 「早く水をはきださなくては」 手長と足長は、きよをかかえ岸にあがりました。 そして、水をはきださせました。 「きよ」 「きよ」 二人は、何度もき…

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[童話]火とぼし山 第七章 新しい出発 8 「手長、もうやめよう。こんなことをしていると、わしら までうずにまきこまれてしまう」 「あなた。きよのために、もう少しがんばりましょう」 「じゃあ、今度はあちら側をさがそう」 「あなた。うずにまきこまれな…

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[童話]火とぼし山 第七章 新しい出発 7 足長は手長を背負い、ごぉーと音をたてているうず のまわりを、ゆっくり歩きました。 「明神さま。これからうずのまわりを歩きます。どうか わしらをしっかりお守りください」 手長と足長は、心の中で明神さまにお願…

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[童話]火とぼし山 第七章 新しい出発 6 「あなた、何をいっているの。私たちが、きよを助け るんでしょ。足長、私を背負って、淵のまわりをゆっ くり歩いてちょうだい」 「手長。そんなことをしたら、わしらもうずにまきこま れてしまうぞ」 足長が、うずを…

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[童話]火とぼし山 第七章 新しい出発 5 「小坂観音沖の淵じゃ」 「わかりました。すぐ行きます」 「手長、足長。きよのこと、たのんだぞ」 「はい、承知しました」 手長と足長は、いそいで小坂観音沖の淵へ向かい ました。 淵へつくと、淵は大きなうずをま…

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[童話]火とぼし山 第七章 新しい出発 4 この世で、次郎さんと会うことができて、私は幸せ だった。 次郎さん、ありがとう。 とうちゃん、かあちゃん。大切に育ててくれてありが とう。 私、二人のこどもに生まれて幸せだった。 生まれ変わることができたら…

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[童話]火とぼし山 第七章 新しい出発 3 五分後。 「やっぱり変だ。泳ぐ方向を変えなくては」 そう思った時、目の前に大きなうずがあらわれました。 「あっ、うずだ」 きよは、大きなうずにまきまれてしまいました。 もがけばもがくほど、うずの中にすいこま…

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[童話]火とぼし山 第七章 新しい出発 2 しばらくすると、西山にぽっと小さな火がともりました。 「あっ、次郎さんだ。今日も火をたいてくれたのね。 ありがとう」 きよは、西山にともった小さな火をみて、ほっとしま した。 しかし、何か変でした。 今日の…

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[童話]火とぼし山 第七章 新しい出発 1 九月八日。 残暑のきびしい日でした。 今日は、次郎と会う日。 「とうちゃん、かあちゃん。これから次郎さんの所へ 行ってきます」 「きよ、気をつけて行くんだよ。次郎君によろしくな」 父と母が、庭先まで見送って…

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[童話]火とぼし山 第六章 湖を泳ぐ娘 17 その人は、大きな農家の一人娘。 その人と結婚すれば、次郎さんは一生気楽に暮ら していけるものね。 だから、次郎さんは、私がじゃまなのではないだろ うか。 きよは、次郎と過ごした日々を思い出しながら、とぼ …

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[童話]火とぼし山 第六章 湖を泳ぐ娘 16 「おらが好きなのは、きよちゃんだけだよ」 次郎はそういったけれど、きよには次郎のことばが白 々しく聞こえました。 「次郎さんのうそつき。次郎さんの心の中には、その 人が住んでいるのに、なぜそんなことをい…

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[童話]火とぼし山 第六章 湖を泳ぐ娘 15 「次郎さんが、大好きだからよ。だから、わかるの。 次郎さんには、その人と会う気はないかもしれない。 でも、その人、次郎さんが働いているたんぼや畑へ、 会いにくるでしょ」 次郎は、何もいえませんでした。 事…

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[童話]火とぼし山 第六章 湖を泳ぐ娘 14 「次郎さん。うそつきなんていって、ごめんね。でも、 次郎さんは、ほんとのことをいっていない」 「きよちゃん。おれ、うそなんかいっていない」 「ほんと? 次郎さん」 「ほんとだよ」 きよは、次郎の顔をじっと…

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[童話]火とぼし山 第六章 湖を泳ぐ娘 13 「そんなことをいって、次郎さんは私と会うのがいや になったんじゃないの」 きよがさみしそうにいいました。 「考えすぎだよ」 「じゃあ、見合いをした人と会うため」 「その人とは会っていない」 次郎が、ぶっき…

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[童話]火とぼし山 第六章 湖を泳ぐ娘 12 そのため、きよの話を聞いていませんでした。 「次郎さん。ぼんやりして、どうしたの。具合でも悪 いの」 きよが、心配して聞きました。 「いや、なんでもない」 次郎が、ぼそっといいました。 その夜、きよは一人…

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[童話]火とぼし山 第六章 湖を泳ぐ娘 11 そういえば、きよちゃんが持ってくるとっくりは、驚く ほど熱い。 きよちゃんの手は、たしかに熱いけれど、あのとっく りの熱さは異常だ。 次郎の心の中で、きよに対する疑いがどんどんふく らんでいきました。 そ…

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[童話]火とぼし山 第六章 湖を泳ぐ娘 10 「今夜は、きよちゃんの話についていけない」 次郎は、心の中でそっとつぶやきました。 きよちゃんが、いくら泳ぎが達者でも、こんなに早く 湖を泳いでくるなんておかしい。 どう考えても、変だ。 きよちゃんは、魚…

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[童話]火とぼし山 第六章 湖を泳ぐ娘 9 「きよちゃんは、いつもそんなふうに祈っているの」 「祈っているわ。次郎さんのことも、元気で暮らせま すようにと、毎日祈っている」 きよのことばを聞き、次郎は思いました。 おらは、暗い夜道を、何時間もかけて…